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1991年以来の25年ぶり優勝なるか!?

戦力外から這い上がった石井琢朗さん

time 2016/11/18

戦力外から這い上がった石井琢朗さん

広島の打撃コーチを務める石井琢朗さんですが、元々は横浜ベイスターズの選手でした。

ドラフト外で横浜に入団した石井さんは投手としてプレーしており、一軍のマウンドで初先発初勝利をマークしました。

その後、内野手に転向するとすぐにレギュラーを奪い取り、ショートやサードで活躍します。

足の速さを活かし、盗塁王は4回、最多安打は2回などリードオフマンとして、長らく横浜で活躍し、1998年の日本一にも大きく貢献しました。

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横浜時代には生え抜きで2000安打を達成した唯一の選手となるなど、多くの横浜ファンが横浜で選手生命を全うすることを期待していたのですが、ケガなどの影響で当時若手として出てきた石川雄洋選手を起用して無理をさせない方針が出始め、シーズン途中の骨折などもあり、徐々に出場機会が減っていきます。

2008年には若手起用を打ち出し、石井さんは出場機会をさらに失ったこと、そして、シーズン終了間際に球団から引退勧告を受けたことで自由契約という形で横浜から出ていくことになりました。

カープに来るきっかけは石井さんを三塁手候補として評価していたためでした。

2008年シーズンは新井貴浩さんが阪神に移籍し、サードを助っ人外国人が守るということになりましたが、穴を埋められず、代わりの候補を探していた時でした。

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その後、ショートとサードの守備固めとして起用され、ショートとしての歴代最多試合出場を達成、2009年2010年と一軍に定着し、活躍を続けました。

若手の見本として練習も精力的にこなし、若手へのアドバイスも行うなど人望も厚く、2012年に現役を引退するとすぐにコーチに就任し、2016年からは一軍打撃コーチとして活躍しています。



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当時の横浜はチーム全体が弱く、お客さんも入らない状況で今の新体制となった状態では考えられない状態でした。

 

戦力外から這い上がり、カープで野球人生を終え、その後指導者として活躍。

やはり石井さんの人望でしょうね、多くの人から今も愛される野球小僧です。

それにしてもこの守備練習、捕ってからの動きが早すぎてビビります!



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