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前田智徳さんが引退を決断した瞬間

time 2016/11/17

前田智徳さんが引退を決断した瞬間

前田智徳さんは、元プロ野球選手で広島東洋カープ一筋で23年間もの間中心選手として活躍し、通算2188試合出場、通算安打2119安打と名球会入りも果たしました。

前田智徳さんが引退をしたのは2013年。

この年の4月、代打の切り札的な立場にあった前田智徳さんがヤクルト戦に代打で出場をした際投手の投げた球が左手首に当たる死球を受けました。

 

診断の結果は左尺骨骨折と診断を受けました。

その後復帰に向けて懸命なリハビリテーションを続けましたが引退を表明し、プロ野球選手としての幕を閉じることになったのです。

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この苦しいリハビリテーションの最中に引退を決断したのでしょう、もう一度グランドに立ちたいと思い続けながらも現実と理想の違いに涙ながらに決断したことを想像するだけで涙が出てきます。

晩年の2008年シーズンからは代打出場が多くなり、ここぞという時に出場し球場内を沸かした、それでもおよそ3割の打率を残すところはやはり天才打者と言われる理由でしょう。

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前田智徳さんが20シーズン付けてきた背番号「1」を広島東洋カープは、前田智徳さんの実績、功労に敬意を表して、準永久欠番としました。

これは次の背番号「1」をつける選手は、前田智徳さんに決定権があるというものです。

プロ入り前は、熊本県の名門熊本工業高校で計3回の甲子園出場を果たしました。

1989年のドラフト4位で広島東洋カープに入団しました。

高卒1年目から試合出場を重ねて2年目以降はレギュラー選手として大活躍したものの6年目のシーズンにアキレス腱断裂という大怪我に見舞われ苦汁を飲みました。

この大けが以降、プレーに影響が出だし故障することが多くなってきた。2000年シーズンから再びアキレス腱痛に悩まされ、苦しいシーズンを過ごすことになってしまいました。



2002年以降、自分と闘いながらレギュラーで試合に出続け天才打者ぶりを発揮し続けた、孤高の天才と言われた、前田智徳選手はかなりハイレベルな理想を追求し続けた選手でした。

詰まらされて内野安打を打っても喜ばずに悔しがる。

まさにその姿は侍でした。



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